修行

鏡の国のライライ

工房では、師匠お気に入りのラジオ「MUJIC J」が流れていた。スピードを意識しながら分割作業をしている。どこかのタイミングでピンクレディーの「サウスポー」が流れる。

■左
僕は左利きです。今までの人生でマイノリティだと感じることは少なかったです。ただ、憤りとして記憶に残るのは小学生の頃、習字を右手で書かされた時です。

世の中、マジョリティである右手の人に便利な世界です。ハサミ、包丁、自動改札機など多くのモノは右手用に最適化されています。またルールや配置も同じです。ノートで横書きをする際、左手で書いていく文字が、左手で滲んでいくのはとても悲しいです。

左利きの職人さん達が道具を使う時、右手で使えるように練習すると聞いたことがあります。
また「ぎっちょ」という差別的?な言葉はここらに理由があるような気がしています。

■パン作り
パン作りという職人の世界でも、いろんな道具や配置が右手の人に最適化されています。

例えば、
1)師の成形を見ていても、左右逆転なので当初は混乱していた。
2)お湯を作るとき、温度計を左で持つと、温度表示が反転する。
3)生地を分割する(スケッパーを使って大きな生地から1kgに切り分ける作業)時も、逆から切ります。そうすると、秤から遠くなります。小さな差ですが、積み重ねると大きいです。

そう、ここは僕にとって鏡の国なのです。鏡の国のアリスのように、白と黒のチェスの駒たちを上手に扱わないといけません。

■スピード
素晴らしい解決方法はなく、僕は動画を撮って、何度も見て研究をしました。また、左利きという個性を言い訳にしたくない、とも言い聞かせました。

やっと広島に来て3ヶ月が経とうとしています。仕込に関しては、自分自身で動けるようになりました。左利きというハンデにも慣れたように思います。次の課題は「より早く」「より綺麗に」です。  

師匠から(お店をオープンして)「1人でやるにはスピードしか助けてくれない」と重みある言葉をもらいました。

■鏡の国のアリスのエンディング (抜粋)—
最後にアリスは夢から覚めます。黒猫に対して、あなたが赤のクイーンだったんでしょうと問い詰めます。
それから白猫については白のクイーンだったのだと理解します。
また親猫について、ハンプティ・ダンプティだったのだろうとアリスは思います。さっきまでの夢が、自分が見た夢なのか、それとも赤のキングが見た夢だったのか、自問するのでした。
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僕は夢から覚めることなく、ここで1日の仕事が終わります。エプロンを外したあとのシャツは「小麦の白」と「薪窯についた煤の黒」で汚れています。一方、師匠はそれほど汚れていない。白と黒を上手に扱うために「より早く」、「より綺麗に」を次の課題として取り組んでいきます。

ライライの鏡の国での冒険もいよいよ後半編へ突入します。そしてハンプティ・ダンプティとはいったい何だったのでしょうか?それはまた別のお話。
(*ライライは広島での僕のあだ名です)